お気に入りの壁紙がある暮らし -施工事例-

偶然の再会に導かれたウィリアム・モリス

その繊細なデザインと色使いで19世紀イギリス席巻し、今なお世界中の人々を魅了している『ウィリアム・モリス』。そんなウィリアム・モリスの壁紙を取り入れた家があると聞いて、南アルプス市の鮫島邸を訪れました。

鮫島家は、ご夫婦と、中学2年生を筆頭に4人の息子さんがいる6人家族です。庭や玄関には元気な息子さん達の自転車やブレイブボードが所狭しと置かれていて、日々の賑やかな暮らしが伝わってきます。ご主人の転勤をきっかけに東京から山梨に移住し、現在の家に暮らすようになってからは約1年半が経ちます。

今回、ウィリアム・モリスの壁紙を貼ると決めたのは奥様。「家族には全然相談してません!」とあっけらかんと笑いますが、以前同じように自宅に輸入壁紙を貼った際にもご主人や息子さん達が思いの外喜んでくれたそうで、どうやら不安はなさそうです。 

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施工したのはリビングダイニングの2ヶ所。1ヶ所はリビングの正面となるテレビ台が置かれた壁面で、デザインは山百合の柄が大胆な「ゴールデンリリー」。従来の壁面が木板だったため施工には両面テープを使います。実はこの家は賃貸のため、退去の際には現状回復をする必要があります。通常使うフレスコ糊だと、木版に使うとあとから剥がせなくなってしまうため、ここでは「剥がせる両面テープ」を使用しました。

もう1ヶ所はダイニングとキッチンを仕切る腰までの壁で、イギリスの野花が散りばめられたデザイン「ブラックトーン」を選びました。こちらはビニルクロスの上から貼るためフレスコ糊を使います。奥様のテキパキとした動きもあって、作業は休憩を挟んで約半日で完了。

もともと奥様が集めたアンティーク家具やご主人が制作したというドライフラワーなどが飾られた雰囲気のあるリビングでしたが、壁紙によって、思わずため息が出るほど深みのある唯一無二の空間になりました。一見すると込み入ったデザインですが、時代を超えて国境を超えて愛されるデザインの普遍的な力を感じます。

奥様がウィリアム・モリスと出会ったのは幼い頃。英国史を研究していたお父様の影響で、自宅には常にイギリスの文化に親しみ、ウィリアム・モリスも自然と生活に馴染んでいたそう。その後、自身でもアンティークショップに勤めるなど関わりは持っていましたが、あらためてウィリアム・モリスへの思いが強くなったのは、意外にも息子さんの進学がきっかけでした。

長男が進学した中学校は独自の教育理念を持つユニークな学校で、さまざまな体験学習ができるクラスがあるのですが、その中で息子さんが選んだクラスの名前が「アーツ・アンド・クラフツ」だったのです。

アーツ・アンド・クラフツとは、ウィリアム・モリスが19世紀に提唱した生活と芸術を一致させようとする運動のこと。産業革命以降ヨーロッパで問題となっていた粗悪品の氾濫に対して、中世の手仕事に回帰し、良質なものを製造しようとした取り組みです。そのなかで生み出されたデザインは世界各国に大きな影響を与え、20世紀のモダンデザインの源流にもなったといわれます。

奥様は、それまでぼんやりとは知っていたけど明確には理解していなかったアーツ・アンド・クラフツを息子さんと一緒に改めて学ぶことで、その価値に感銘を受けました。さらに、ウィリアム・モリスのデザインを広く見てみると、これまでは知らなかったシックなデザインにも出会いました。それ以来、いずれ自宅に壁紙を貼ろうと思い続け、今回ついに実現に至ったというわけです。

今回壁紙を貼ったのはどちらも家族で過ごす大切な空間。特に美智子さんは普段自宅で仕事をしたり、キッチンに立つ時間が長いので、そこから見える景色は、日常に圧倒的な幸せをもたらしてくれそうです。複雑な色使いや様々な動植物が登場するデザインは息子さん達にも好評のようで、壁を見ながらあれこれと想像力を膨らませてくれたら嬉しい、と母の顔になりました。

ウィリアム・モリスはアーツ・アンド・クラフツ運動を通して、中世の手仕事に帰ることを提唱しました。それらの理念は、日本では民藝運動などに影響を与え、最近では「丁寧な暮らし」など、本質的な物の価値を追求するスタイルとして、多くの現代人に影響を与えていると言えます。奥様も4人の男の子の子育てに追われながらも、生活を楽しみ、自身のキャリアアップも忘れないしなやかな女性。そんな奥様がウィリアム・モリスに魅せられるのは、単にデザイン性だけでなく、自身の生き方とアーツ&クラフツの間に共通点を感じているからなのかもしれません。

文:五十嵐友美

写真:平山亮 @ryo_hirayama_photographer

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